其の男は、少しむっとしていた。
しかしそれでも、適度に保たれた此の『緊張』を途切れさすような事は、けして、ない。
『その行為』に下手な快楽を感じてはいけない。
しかしそうと謂って、単にモノを壊すかそれ以下の感覚を以てしてもいけない。
そう、適度の感情は在る意味で必要不可欠なのだ。
だから『始めて』の時と同じ感覚をそれなりに適度には保って置かねばならない。
其れが、彼なりの持論だった。
自分はこれから、人を殺す。
人を殺して、金を得る。
何時からそんな事を始めて。
そして一体幾人殺したのか。
もう思い出す事は叶わない。
或は故意に忘れたか。
まあ、自分が歩んだ際に出来るものは所詮、死体の山でしかない事、それだけは確かだ。
しかし男は、少々苛立っていた。
理由は、無論在る。
数日前。
自分のエモノである拳銃を、やや自分の側に否がある形で失う羽目になってしまったからだ。
と謂っても彼はあれを単なる脅しの道具として使う事を嫌う割には其れを殺しの道具として使うことはないので実はさしたる問題はないのだが。
サイレンサーはどちらかといえば感覚的に嫌いなので、暗殺には否応なく不向きな道具になってしまうからだ。
ふと。
手元の腕時計を見遣る。
どちらかといえば懐中時計の方が好きなのだが、矢張り片手ですぐに見られる、という利点の事を考えれば否応無しにこちらの方が、稍、都合は良い。
……『時間』までは、まだ、あと少し。
おもむろに。
胸元の内ポケット入った煙草に手を延ばす。
一服する位の、余裕はあった。
本来なら、銘柄には特に拘らないのだが。
周りに露骨な嫌な顔をされる事もないし、何より風の影響を受ける事もないので、デジダル・ライターを愛用していた。
ふぅ、と長く煙を吐き出す。
しかしそのせいでは無く、男の目はやや険しくなった。
煙の向こうに、ターゲットの人影が見えた。
※同じく、昔書いた小説の1シーン。近未来の暗殺者、といった感じです。