在る吟遊詩人の小さな嘆き

――亡き人へ、
  小さな(うた)を。

「それでも僕は君の事が結構好きだった
 君は確かに僕の事を『好き』といってくれたけど
 でもそれは僕の欲しいモノとは違った
 大丈夫、もう何も望まないよ……?
 だって、君はもう僕の許にいないから
 一番欲しい君はもう手に入らないから
 手の届かない場所に逝ってしまったから
 さようなら、天使のようだったひと
 その輝きが色褪せる事などけしてない
 けれど、君がいなくなってしまってから
 僕はずっと空っぽのまんま
 僕には何もなく
 そして今日もただ
 唄を紡ぎつづけてる」

「僕が生きている意味なんて何処にもない
 けれど君は僕を望んでくれた
 僕はそれだけで嬉しかった
 どれだけ時間が過ぎようと
 君くらいきれいな人に
 僕が廻り逢えるわけなんてないことくらい
 君もわかっていたと思ったのに
 なぜ君は空へと飛び立ってしまって?
 なぜ君は最後にあんな台詞を呟いて?
 『あたしとは違う誰か他の人と』
 『一緒に幸せを見つけて』なんて?
 そんなの僕には無理だってことわかってなかったの?
 ぼくは地獄に行かなきゃならないから、
 二度と君には逢えないのに!?
 それでも僕はなぜあの時
 君を失った悲しみが大き過ぎて
 涙を流す事さえ忘れてしまったんだ!!」

「君に二度と逢う事ができない
 哀しすぎる、そんなの哀しすぎる
 できれば考えたくなかったよ、そんなこと
 僕はただ君の耳に僕の唄を囁き続けたかっただけ
 そう言う風に可愛く美しく笑う君が好き
 安らかに眠れ、僕の愛しいひと
 僕には何も許されてなどいない」

「不思議だ、惜しくはない
 君を失った事が
 ただ流されるように生きてきた僕を
 優しく抱き締めてくれた君を
 君を……喪ってしまったことが
 だって君は天使のようなひとだった
 君がこの穢れた下界にいることのほうがむしろ
 僕には不思議でならなかったのかもね
 二度とは戻らない季節(じかん)を抱いて
 僕の代わりにそれを抱いて
 ゆっくりとお休み……?
 信じていたのにね、その長い髪に触れられるのは僕だけと……」

「たとえ世界が君を認めてくれなくても
 それでも僕はいつもの唄を歌い続けて
 読み人知らずの詩はまた
 ただ時間の流れを冷たく見つめて流れ続ける
 僕と君との時間でさえ
 美しい思い出を調べにのせて」

「けれど、僕には自ら死を選びとる勇気はなくて
 君を失うことだけが怖くて
 君がいなくなってしまう事だけが悔しくて
 ありがとう、空へと帰ってしまったひと
 この世界でただ一人僕を愛してくれたひと」

「僕に眠る事は許されていない
 ただ、許されているのは
 こうやって
 この悲しい詩を紡ぎつづけること
 ただそれだけ
 そして僕はまた
 気付けばいつも違う場所にいる」


彼の言葉(しらべ)に乗せて

――ああこの思い、この胸の苦しみ、
  どうすれば彼のような美しい言葉になってくれるの……?

「あなたに出逢えて幸せだった
 あたしは去り行く存在だけど
 あなたに出逢った事であたしの人生の最期は輝いた
 それはとっても短い時間だったかもしれないけど
 けど、あたしの人生の中で最も美しかった時間
 もうあなたと逢えない事を
 少し悔やんではいるけれど
 じゃあね、あたしのいとおしいひと
 あたしの気持ちを伝えられなかったひと」

「もう限界
 あなたのくれたものは大き過ぎて
 重たすぎる
 あたしにはそれを受け止める力なんてなかったの
 この穢れた両手がそんなもの抱けるはずもなかったの
 あなたのほうがむしろ天使
 この背に翼なんてない
 でもね、本当よ……?
 あなたの許を去るのが
 とても辛いことだってことはね
 だから
 『一緒に幸せを見つけて』
 『あたしとは違う誰か他の人と』」


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