SCARIFIES「犠牲」


ago「昔」

 昔、いつだったかあるTVの番組で
 アフリカの特集の番組だったと思う
 ライオンがシマウマを狩って食べてるシ−ンを見て
 母は「かわいそうだ」といった
 私は「そうしなければライオンは生きられないのに」と思った
 たしか、食物連鎖の話を理科の授業で習ったばかりの時だった

 昔、いつだったかある夜に
 飼ってた犬が死んだ
 私のうちには、私の生まれる前から彼がいて
 一番かわいがっていたのもなつかれていたのも母親で
 ひどく悲しみ落胆した様子で
 まだ幼かった私に倒れこんで泣き伏した
 私はといえば
 その事実を受け止めるのが怖かったのだろう
 どうしても彼の亡骸を見る気にはなれなかった
 翌日学校から帰ってみれば
 彼は庭の柿の木の下で骨になって眠っていた

 昔、いつだったか、そう遠くはない日
 母方の祖父と祖母が立て続けに亡くなった
 気付いてみれば
 焼香の仕方をいつのまにか覚えていた
 そうやって死には慣れたはずなのに
 冷たさを確認するのが怖くて
 二人の亡骸に手を触れるのは怖くてやめた
 二人を見て思ったこともただ単に
 静かだ
 ということだけだった



living will「いつか」

 例えば明日自分は死んでしまうとして
 一体今日、どれだけの事ができるだろう?
 気の済むまで好きなものを食べる?
 お気に入りのCDを大音量でリピ−トしつづける?
 好きな人のそばで一晩を過ごす?

 例えば来週自分は死んでしまうとして
 一体一週間、どれだけの事ができるだろう?
 他の人に迷惑をかけないよう、やりのこした仕事のすべてを終える?
 不安と恐怖に狂いださぬよう、精神科の医者に行く?
 家族と、その思い出をずっと語り合う?

 例えば来月、自分は死んでしまうとして
 一体ひと月、自分はどれだけの事ができるだろう?
 最後にこの地球のいろんなものを見ておくために
 世界一周の旅に出かける?
 それとも自分の財産をすべてはたいて
 このさい欲しかったものを全部買い揃えてしまう?

 例えば来年自分は死んでしまうとして
 一体一年どれだけの事ができるだろう?
 悔いの残らないように
 せめて自分のなりたかった職業に一番近いところで学ぶ?
 一人寂しく死ぬ事のないよう
 自分の死を悲しんでくれる友人を一人でも多くつくる?

 例えばいつか自分は死んでしまうとして
 一体それまでどれだけの事ができるだろう
 せいぜい自分がここに今いたその証として
 こうして筆をとって自分の言葉を残すだけだ



missing「行方不明」

 あの子は死んでしまった
 けれど、あの子の体の一部はまだ他の人の中で生きている

 カタカナの名前の職業のついた
 気取った女の淡々と話を進める姿に、最初は
 「何よ、このハイエナ」
 とも思ったわ
 あの子の太腿に切込みをいれて
 カテ−テルを入れる医者の姿を見たときは
 なんて事をしてくれるのとさえ思ったわ
 私に悲しむ間もろくに与えてくれずに
 あの子の体を切り刻んだ医者がいるかと思うと
 どうして此の世はここまで不公平なのとさえ思ったわ
 あの子のお葬式を挙げたとき
 あの子のおかげで助かった命があるというのに
 あの子は他人の体の中でとはいえまだ生きているとはいうのに
 そのことで私を叱咤したやつがいたかと思うと吐き気さえしてくるわ

 それでも私は我慢できた
 あの子が他の人の体の中でとはいえ
 それでもまだ生きていてくれるのだと思ったから
 それだというのに
 どこ、どこ、あのこはいったいどこへいってしまったの!?



parasite「寄生獣」

 この心臓は自分のものじゃない

 今までと違って、自由に走れるようにはなったけれど
 まだ検査のための病院通いは死ぬまでずっと続けなきゃならない
 今までと違って、好きなものを幾等でも食べられるようになったけれど
 それでも薬は三食後、毎日毎日死ぬまで飲みつづけなくちゃならない
 その薬のせいで、自分はいつ危険な感染症に掛ってしまうとも分からない

 自分が待ってる間、自分と同じ病気の子にあった
 そのことは少しの間仲良くなって、そしてその子はやがて死んだ
 なぜ、自分なんかが選ばれてしまったんだろう

 自分が生きるために誰かの死を望むだなんて
 まるで自分はパラサイトじゃないか!



scarifies「犠牲」

 彼女は自分で考える事が出来ない
 彼女は自分を取り巻く環境を知ることが出来ない
 彼女は自分が何者であったかを思い出せない
 彼女は嬉しいとも悲しいとも寂しいとも感じることが出来ない
 彼女は物事を判断する事が出来ない
 彼女は何かをしたいと思うことが出来ない
 彼女は自らの意思でその体を動かす事が出来ない
 彼女は見ることが出来ない
 その目で世界の変遷を追うことも出来ない
 彼女は聞くことが出来ない
 物の味も、匂いも、手触りも感じられない
 彼女は喋る事が出来ない
 彼女には物を飲み込む力さえない
 彼女は自らの力で呼吸する事さえ出来ない
 体温の調節も出来ない

 それでも脊椎反射は存在し
 それでも涙は流れ、涎は流れ
 それでもじっくりと見れば瞳の大きさも変わり
 勿論手首にさわれば脈はふれ
 その手を握れば心拍も血圧も上昇し
 皮膚の温度も変化する 時に鳥肌さえ立てる
 何よりふれればその身はあたたかく
 いつも夜眠るのと同じように 声をかければ起きだしそうなほどに
 たた少し眺めの眠りについているだけなように
 彼女自身は静かに静かに目を閉じているんだ
 色とりどりの管と 規則正しい音を立てる機械に繋がれて

 彼女は生きてるんだろうか、死んでるんだろうか
 本当に彼女はこの状態のままいつかはやがて死んでしまうんだろうか
 それともこの状態のまま眠りつづけるんだろうか、今までのように
 わからない。決められるわけもない。

 ……それとも、彼女がそう望んだ以上は自分は
 彼女をもう解放してあげるべきなんだろうか?
 簡単だ、あのスイッチをほんのほんの少し下へ下げるだけだ
 それさえ出来ないのは、自分のエゴにすぎないんだろうか……



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