幻夢(まやかし)

 なにも、ささくれだっていたわけでも
 凍てついてしまったわけでもない
 たしかに水遣りなどしてないが
 渇いてしまったわけでもない
 無論、だからといって
 至福の光に満ち溢れているでもなく
 灯火に、幸福な幻想が見えるわけでもない

 ただ私は
 まるで私の目がものを見ようとしなくなったような
 私の耳がその音色を聞こうとしなくなったような
 そんな錯覚に、不意に陥ってしまった

 日常という呪文に縛られて
 平凡という名の術中に、見事なまでに嵌ってしまった
 その『式』自体がまやかしのようなものだと
 うすうす、感づいてさえいたのに――

 いや、はじめから私はそれを疑ってかかっていた
 そうすることが今まではできていた

 日常に閉じ込められた、平凡なものを
 この自分自身の目でしっかりと見直すことで
 非凡なものとしてとらえて非日常に喩えて
 そうして不意に感銘さえ受けて
 それを言葉として紡ぎだすことさえ行えていた

 なのに
 今はそれができない
 どんなにがんばってみても
 ただ『ああ』とだけ思って
 そこから先が言葉にならない

 そう――
 だから、気づいてはいるのだ、気づいては
 すべてがまやかしに過ぎないことに
 あまりに美しすぎる幻想に過ぎないことに

 だから、私の心は
 凍てついているわけでも閉ざされているわけでもない
 少し感じにくくなっているかあるいは
 感じることにさえ臆病になっているのだろう

 おかげで、わたしはそれを言葉につむぐ能力を
 すこし失いかけてさえしまっているのだ

 そう、単純な、あまりに単純な図式を
 思い知らされてしまうのだ
 だってすべてがまやかしに過ぎないとしたら
 あまりに美しすぎる幻想に過ぎないとしたら

 わたしがふっと感じたその感銘さえ
 そうして私が叫ぶようにつむぎだした言葉さえ
 それさえもがまた、まやかしに過ぎないのだから――



※一炊の夢、って奴ですかねぇ……。(微妙に違う気がする)
 ちなみに、スタイルシートでちょっと背景あそんでみました。

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