――わたしを『買った』人間は。

 どうあがいても、血にまみれたわたしの過去は変わらない。
 ただ皮肉なことに、一番贅沢な暮しをしていたのもその時期だ。
 わたしには『任務』だけがあった。
 彼のお方はこの国に『自由』を求めながら、その実私は豪奢な部屋に軟禁されるような生活を送っていた。
 わたしの目のことを知っている彼には楽器の類を与えられたりもしたが、いまひとつどれも上達しなかった。結局弾き方さえ分からなかった品も多々ある。
 それよりも盲いた私にもわかるように作られた地図や点字の本のほうが好みだった。
 彼も師もわたしに『識る』ことの喜びを教えてくれた。
 海綿に水がしみ込むように私は様々なことを学んだ。
 異国の言葉も習得した。
 剣の腕も鈍ることはないように気をつけながら。
 彼は、スーラを根底から変えようとしていた。
 痩せたかわいた土地に、点在するオアシスにへばりつくようにある王都に血なまぐさい権力争いと、宗教のからんだ戦争も絶えない地域に革命をもたらそうとしていた。
 自由。平等。権利。理想。
 甘言のような彼の夢に、私は賛同したし、今でもそのことは後悔していない。
 けれど何故だろう、その頃は私は理想郷など求めていなかった。
 ただただ、血の色をした闇が広がるだけ。
 そして――彼の理想は最悪の形で断たれた。
 なるほど、
 偉大な人々
 は常に凡庸な人々の抵抗にあってきたらしい

▲TOP▲