――ボクは、卑怯だ。

 なるべくなら、遠くへ一気にいけるほうがいい。
 お金も入ったことだし、と思って駅に行くことを選んだ。一等車を選ばなければ、鉄道に乗るくらいの余裕はあるだろう。
 南ではなく西へ行く列車だけど、まあいいだろう。陸も海も、どこだってつながってはいるんだ、いずれはどこかにはたどり着ける。少なくとも、ここではない、どこかには。
「汽車に乗るのは初めてだ」
 煙。振動。煤のにおい。
「まさか鉄の塊が動くのが信じられない、とか?」
 肌の色はそう変わらなくても、身なりはずいぶん違う。日傘を差した優雅な貴婦人もいれば、トランクひとつにボロをまとった青年もいる。
「まさか。あんな化け物相手に戦ってきたんだ、いまさら信じられないことなんてない」
 冷たい目だ。けど、それでいい。多分今の彼女にはどんな言葉も負担になるだけ。
「じゃあ、何をそんなに気にしているの? 金銭面でも問題はないよ?」
 余計な詮索をする気はないけれど、今の彼女は普段に輪をかけて人を避けている。その割に、周囲を気にしている。
 それがなんだか気になって、彼女に尋ねた。
「……私の見た目だ」
 小さく、つぶやくように。彼女はそう言った。
 皮肉だ。見えない彼女のほうがずっと気づいていて、ずっと気にしている。そう、彼女の見た目は確かに、目立ちすぎる。
 確かにここにはいろんな人間がいるけれど、スーラの人間はいないんだ。
 髪や目の色は違っていても、肌の色はそんなに違わない人たちが集まってる。
 言葉に詰まって、結局ボクは何も返答しなかった。今の彼女が望む返答なんてできそうにない気がしたから。
 そのまま無言で切符を渡して列車に乗り込む。
 段差があるから、とふと思って振り返る。声をかけて、手を引くような真似なんて彼女に必要ない気がして少し悩んだ。しかし、そこで気づいた。
 駅員は不信そうに、じろじろと彼女のほうを見ている。彼女がそう、心配したように。
 やれやれ、切符一枚渡すのにもこれか。
 溜息をついて……ボクは笑った。どんな感情も、似つかわしくない気がして結局ぼくは笑うことを選んだ。
「使用人だ」
 小さく言い捨てて、彼女に皮袋を投げた。
 鮮やかにそれを受け取ったあと、き、と睨みつけられた。 
 ……これでいい。
 楽園なんて、多分ない。
 なかったとしてもせめて、彼女とともにいれば、
 ボクは正直、ボクも含めた、すべての人類への
 人間性への絶望
 を、やっと打ち捨てられると思っていたのに。

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