――ぜんぜん、追いつかない。

 デジャビュ。
 違う、こんな状況は前にもあった。それも、つい最近。
「軟弱な」
 何度もそうそしられた言葉が、この口から発せられればそれが不思議と心地よくさえ感じる。
 好意、という言葉は……それなのに、どこかで否定したい自分さえいる。
「ごめん……もう、大丈夫」
 すぐに、状況を理解する。あのまま、また倒れてしまったようだ。
「……本当に、大丈夫か?」
 このまえ倒れたばかりというのに、またこれだ。
「いろいろあったからね。少し疲れていたのかも」
 起き上がる。まだ平衡感覚がおかしい。
「どうしたの?」
 メクラが何かを『いい』たげにしているような気がして、いぶかしむ。
「――!」
 唇だけ動かして、声にはしなかったようだ。なるほど、これならボクとこっそり『話せる』。いや、ボクが受け取れるだけで彼女には無理か。
 ツァルもクラムもそばにいたからだろうか。それとも、他の人間にも自分がそんなことをいったところを見せたくなかったのだろうか。
 ……そうだね、そのほうがいいのかもしれない。もっとも、同じ言葉を君に返したいけど。
 そう思ったところで、不意にツァルから何かが放り投げるように差し出される。
「これは?」
 しっかりと紐でとめられた皮袋の巾着。妙に、重い。
「報酬だよ。いまどき『蟲』には賞金がかかってるのさ」
 しかし、その中身を見て驚く。いくら、賞金がかかっている、といったってこのあたりの通貨価値と経済発展の状況を考えてみたら……
「多すぎる……!」
 そう、いくらなんでも多すぎる。いや、この収入がうれしくないわけがない。だけど、とてもではないけど受け取れない。そもそも受け取るのはボクではなくメクラのほうであるべきだ。
「きっちりこっちと折半してある。そこからどうするかはおまえたちが決めればいいさ。本物、だろう?」
 なるほど。確かに貨幣の真偽を確かめるならボクのほうが適任だ。
 しかし……本当に?
 不信感がぬぐえない。何だ? このいやな感じは。
「確かに、多すぎるんだ」
 たぶん、漏らすように呟くように。彼は言ったのだろう。
「……きな臭いな。いやな事でも始まりそうだ」
 メクラは話し出すときにすっとひとつ手振りを加える。ボクに話し掛ける、という合図のつもりだろう。
 ということはそれは、独り言ではないということだ。あるいは、独り言だとしても、ボクに何らかの理由で『ききとって』ほしい。
 いやなこと。そう、そういうことか。
「兵器につかえるのなら、当の昔にスーラがやっている。『蟲』は操れない」
 ボクが質問をする前に、メクラが答えた。
 摂理の外にあるその生き物を、自在に操れるとはボクも思えない。思えないけど……
「できなかったことができるようになったのか、もっと別な目的があるのかはわからない。だが、利用価値はいくらでもある」
 ツァルがボクが思ったとおりのことを言う。
 毒を化学兵器に流用する。魔法を戦術に転用する。あるいは、敵地に蟲を呼び出す。
 いくらでも考え様はある。
 こんな端っこのほうにいても、いや、端っこのほうにいるからこそ、この世界が何か変わりつつあることを強く感じる。
 実際、『蟲』の硬くて丈夫な殻はスーラで多く武器に使われている。
 重い『沈黙』が――もっとも、ボクの世界にはもう音は存在しないけど――流れたところで、不意に、くい、とすそをつかまれる感覚がする。
「クラム?」
 敏い子だ。
 そして、まだ幼い。
 だから、もしかすればこの子は、ボクら以上に恐れている。
 ……この世界に起こりつつある変化を。
「弱音を吐いてもいいんだよ」
 クラムの頭をひとつなで。
 けれど、誰に言うのでもなく口に出してみる。自分で聞こえるわけでもないのに。
 メクラが、彼女がたったさっきボクにかけてくれたのと同じ言葉を。
 自分の無力さを、
 はっきりと知覚する
 に足りるだけの知性は、持ち合わせているつもりだから。

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