――片方は完璧になりつつあるのに。

 すごい。
 言葉を失う――というのは、まさにこういうことなのか。
 人ごみを掻き分けて、彼女の走っていったほうへと向かう。何が起きているのか問い掛けるべきか悩んだが、彼女を追いかけていった先でその答えはわかった。
 あれが。あれが、『蟲』。
 すでに襲われた人間もいるようだ。……助けに行くべきか、それとも。
 一瞬悩んだところで『蟲』はさらに暴れまわる。あれじゃ、危険すぎて近づけない。
 赤い蠍。けれど、蠍なんて普通は手のひらに乗るほどの大きさだろうに、それは馬一頭ほどもの大きさがある。おまけに、二匹もいる。
 ……摂理の外にある、生き物。
 改めて、それを思い知らされる。
 何もできない。そう、思ってしまうのに、メクラとツァルの2人がいるところだけが、まるで一陣の光がさしたようにさえ見える。そのくらい、二人とも鮮やかに動く。……どちらも、五体満足な体でないのに。
 あれが、『門番』の実力。余分に、思い知らされる。
 きっと、あたりには悲鳴と怒号が飛び交っているんだろう。その合間を縫うように、血飛沫。……めまいが、する。
 まるで目が見えてるかのような、両腕がつかえているかのような錯覚にさえ陥る。もちろん錯覚だ。
 声を掛け合っているんだろう。鮮やかに蟲の肢の攻撃を避けたと思えば、彼女は不意に――『飛んだ』。文字通り、飛んだ。
 そうだ、前にボクが階段から転げ落ちそうになったときに使っていた魔法。あれに近いものだろう、ふわりと飛んだかと思えば、その蟲の背に乗る。……まるで、見えているかのように。
 赤い瞳が、奇妙に輝く。
 今度は、炎。切っ先が燃えたダガーを突き刺せば、空気の震えはこの壊れた鼓膜にも伝わってくる。
おそらく、それが『蟲』の断末魔の悲鳴。あたりを見れば、耳をふさいでいるものがほとんどだ。
 彼女のほうを見るのに夢中になってしまっていたが、ツァルのほうも鮮やかな手管で、もう一体を仕留めていた。S字にしなった、変わった形の短刀が無視の厚い走行を突き破っている。
 仕留め終わってもなお二人とも安堵の顔は見せていない。
 メクラときたら、さっきのように狂気さえ感じるほど目を輝かせたままだ。
 なのに、あの目には見覚えがある。
 あれは……姉さんの、目だ。
「メク……ラ……」
 咽喉の奥がひりひりと焼け付くような感覚。……まだ、めまいがする。
 それは、きちんと言葉になっていたのだろうか。そう、つぶやくのが精一杯だった。なんて声をかけたらいいのか、またわからない。
 それでも彼女は振り向いてくれたから、一応音声にはなっていたようだ。
 どうすればいい?
 空虚な言葉が胸のうちを駆け巡る。
 ボクは、いったい何のためにここにいて
 何をしているというのだろう。
 この旅どころかボク自身が生きていくための
 手段と目的
 それがいつのまにかすりかわって不透明になってしまっている

 ……ひどい、頭痛がする。

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