――そのままで、いい。

 ほんと、どうしてこうなってしまったんだろう。
「とにかくお湯を沸かして! それから乾いたきれいな柔らかい布も、たくさん用意して!!」
 大声で、叫ぶ。もちろん、自分で聞くためでなく、他の人に聞かせるために。
 あわただしい。せわしない。それから、えーと。
 この状況を説明する言葉って、他にどんな物があるだろう。
 これまでの経緯を説明すれば、彼女が出てった、僕が追いかけた、そして見つけたとたんに叱られて巻き込まれた。そういうことだ。
「なんとかしろ、その無駄にデカい頭を使え!」
 彼女を見つけて、謝罪の言葉を言おうとして、呼びかけたとたんに返ってきた言葉がこれだ。
 何でボクが怒鳴られなきゃならないんだろう。理不尽だ。
 いや、怒鳴っていたなんて保障はないけど、多分彼女はボクに対して怒鳴った。
 周りの人たちが何を言っているかまではうまく『ききとれ』なかった。スーラの言葉でしゃべってるのかもしれない。何を言っているのか想像するのは簡単だったけど。
 ああ、だったらそっちの言葉でしゃべった方が正解だったろうか。発音には自信がないけど。でも、周りの人たちの動きを見るに、ボクの言葉を理解してくれたらしい。
 その中に、あの子もいた。
 たぶん、彼女がここに来たきっかけも、あの子なんだろう。ボクがそうだったように。
 状況は理解できてるんだろう、あわただしく動いていることにはかわりがなかった。
 なんとかしろ、ということなので、とりあえず渦中にある当事者の女性に声を掛ける。
「ダイジョウブ?」
 相手の身を案じるような意味合いの言葉で、知っていた単語を語尾を上げて発音する。通じただろか。
 反応が薄かったので、安心させるために手を握ろうとしたら、こっちの手が逆に握りつぶされるんじゃないかってほどの力が込められてて、驚いた。
「……ガンバッテ!」
 難民の、キャンプのような場所を想像してもらえばいい。
 原因は蟲なのか、飢餓なのか、それとも……戦争なのか。とにかく、住み慣れた土地をはなれざるを得なかった人々の集まり。スーラの出身とまとめて言うには少し大雑把過ぎるくらい、いろんな人がいる。
 ……もっともボクじゃ、見分けはつかないけど。
 あの子を追ってきたら、結局ボクはここにたどり着いた。メクラも、ここにいた。
「……あー。えっと、あと少しだから」
 単語が出てこなくて結局慣れた言葉の方で発音した。
 あわただしく動いている人々。褐色の肌と、宝石のような色の瞳をした人々。
 街に出たら逆なのに、ここではボクの色の方が異質なようだ。
「メクラ、お湯が足りないみたい。手伝ってあげて」
 人々の動きから、多分そうなんだろうと予測して、彼女に声を掛ける。真樹が足りないみたいだけど、彼女の力を使えばこんなもの……と思ったところで、メクラが滅多に見せないような、いや、多分僕の前でははじめて見せるような表情をしていた。
 あれは……もしかして、ためらって、いる?
「っ! 早く!!」
 どうしようかと思ったけれど、今の状況でじっくり話を聞いてるヒマなんてない。結局、彼女に行動を促すように怒鳴りつけてしまった。

 そして、その渦中の女性はその後結局無事出産した。
 今のところは、母子ともに健康みたいだ。
 まったく、どうしてボクがメクラのところへ行った当日になって、産んだりしたんだろう。
 その数時間後、やっと、メクラと二人っきりで合えるような状況になった……と思ったら、今度は彼女は急に泣き出した。
「え? あ、ゴメン……」
 だから何でボクのほうが謝っているんだろう。
「わたしのちからは……」
 けれど、返ってきたのは予想外の答え。
 ろくな灯りがないから、どうにも彼女の言葉でさえ聴き取りづらい。彼女には、こんなもの苦でもなんでもないのに。
「わたしの力は、命を奪うためにあると思っていた………」
 そして、その言葉に、僕の中でいろんなことが繋がる。
 そうか。だから。
 だから、彼女は……『力』を使うのを、嫌がっていたのか。それに、触れることさえ。
 魔法のことやスーラについてのことをたずねたとき、ひどく冷たい表所をするときがあったのは、そういうわけだったんだ。
「それが今、命を生かしている」
 そして、いま彼女はその事実に戸惑っている。
 僕に言わせれば……まさしく、『馬鹿馬鹿しい』。
「初めから、生かしてたじゃないか」
 悩むまでもない。人に与えられるには、過ぎた力。
「え?」
「スーラにいる人たちを、町の人々の生活を、君はその力で『蟲』たちからまもって、生かしてきたんだろう?」
 それをちゃんと、君は使いこなしてきたんだから。
 自分を責める
 そんな必要なかったんだ。

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