032.ある偶然の出来事
――だから、ボクはボクがおそろしい
「だからいったのに……」
ボクは思わず呟かずにはいられない。
怒ったような……けれど、戸惑ったような彼女の表情。
それが……
あれ? おかしい、ボクは今、何を思った?
思い出せない。
一瞬、とてもとても感情的なことがふっと駆け抜けたはずなのに。
それが言語化できない。ボクの思考が、言語化されないなんて、そんなことありえないのに。
「な…んのつもりだ!?」
彼女のほうは、呆けている。呆気にとられている。
実際ボク自身、何でかがよくわからない。というか何が起こったかを自覚していなかった。
少し、距離を置かれた。あ、しまった、ひっぱたくのを忘れた、といったような彼女の表情。
えっと、いま、ボクはそんなことを思って、けれど思ったその内容は言葉にさえならなくて、それで……
ボクはいったい、何をした?
わかってる、ボクの眼はたしかに見ていた。その行為を。ただ、それが脳内に認識されるまでに、異様に時間がかかってしまった。
反射的に、その考えに至ったところで自分の口元に手を当てる。
つまりボクは彼女に……キスを、した?
そんな言葉が浮かんできて、余計に自分がどうして言いか戸惑ってしまう。
ちがう、そんなことなんかじゃない。こんなのただの偶発事故だ、石につまずいて倒れこんだだけと同じことだ、
ある偶然の出来事
にすぎないだろう?
だってボクは望んでない、それ以上の関係の発展も、つながりが消えうせてしまうことも。
多分……望んでなどないはずだ。
ただ、維持だけされてればいい。それがどんなに不幸な試みかもしれなくても。