――だから、ボクはボクがおそろしい

「だからいったのに……」
 ボクは思わず呟かずにはいられない。
 怒ったような……けれど、戸惑ったような彼女の表情。
 それが……
 あれ? おかしい、ボクは今、何を思った?
 思い出せない。
 一瞬、とてもとても感情的なことがふっと駆け抜けたはずなのに。
 それが言語化できない。ボクの思考が、言語化されないなんて、そんなことありえないのに。
「な…んのつもりだ!?」
 彼女のほうは、呆けている。呆気にとられている。
 実際ボク自身、何でかがよくわからない。というか何が起こったかを自覚していなかった。
 少し、距離を置かれた。あ、しまった、ひっぱたくのを忘れた、といったような彼女の表情。
 えっと、いま、ボクはそんなことを思って、けれど思ったその内容は言葉にさえならなくて、それで……
 ボクはいったい、何をした?
 わかってる、ボクの眼はたしかに見ていた。その行為を。ただ、それが脳内に認識されるまでに、異様に時間がかかってしまった。
 反射的に、その考えに至ったところで自分の口元に手を当てる。
 つまりボクは彼女に……キスを、した?
 そんな言葉が浮かんできて、余計に自分がどうして言いか戸惑ってしまう。
 ちがう、そんなことなんかじゃない。こんなのただの偶発事故だ、石につまずいて倒れこんだだけと同じことだ、
 ある偶然の出来事
 にすぎないだろう?
 だってボクは望んでない、それ以上の関係の発展も、つながりが消えうせてしまうことも。
 多分……望んでなどないはずだ。
 ただ、維持だけされてればいい。それがどんなに不幸な試みかもしれなくても。

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