029.報酬を支払う
――等価交換、だ。
そう、あれはたしか、ボクが道端のイール弾きの『音楽』に、眼を奪われていたときのこと。
帰りがけだったか、それともついた宿の部屋でだったか、状況については忘れてしまったが、イール弾きのことについて、彼女は語った。
あれは、神をたたえる言葉を伝える音楽なのだ、と。
イール弾きの音楽は、もともとは聖典を音楽にして語り伝えるものらしい。
それはのちに世俗化されてしまって、いまではあんな道端で弾くような音楽になっているのだと。
そして、彼女は、イール弾きの語る言葉のひとつひとつを、ボクにもわかる言葉でゆっくりとひとつひとつ発音した。
節くらいはつけて発音していたのかもしれないが、よくわからない。
なるほど、聖典をもっと噛み砕いたような言葉で説明したり、人間的なエピソードが盛り込まれていたり。英雄譚みたいなのもあった。
その詩を自分の中で描いていたら――
何故だろう、不意に、涙さえ流れてきた。
信じる神様だって違う。住んできた世界だって違う。
それなのに、そう思ったのだ。
そこには、とても純粋な愛がある。
意外に、宗教の本質的な部分にはそんなものが流れているらしい。
節もメロディも、知りたかったけれど、どうでもいい。
ボクの中の空っぽの部分に、何かが満たされてゆくような感覚。
大丈夫。ボクは後悔などしていない。そのおかげで君にであえて、こんな旅をしているのだから。
ずっと、ずっと望んできたものに、
報酬を支払う
それだけのことをしただけのこと。
だからこの耳は、ほかでもない、ボクのせい。