021.無限なもの
――ボクが生まれたのは、お金で買えるもの以外は何もないようなお屋敷。
すこしだけ、ボクのコトについてを話してみようと思う。
ボクが生まれたのはユパにある、けっこう大きなお屋敷で、父親は事業をはじめた成金だった。
見た目はともかくとしてボクはどうやらアタマのほうの発達は早かったらしくて、5つになるころにはすでにちょっとした方程式くらいなら理解していた。
だからというわけでもないけど……すべてが疎ましかった。
暇をもてあましてることが優雅だと勘違いしている人たちの会話も。
どうしようもなくスローペースに感じてしまう他者の思考も。
すべてが疎ましかった。
だからボクはただ、知識と音楽につかっていたかった。
あまりに限局された情報で処理する必要もなく、自分の殻に閉じこもれる。
これほど、気持ちのいいことはなかったから。
貧乏人からは絞り上げて、金持ち連中にはばら撒いて、あるとなったらかき集めずにはいられなくて、
人が自分より贅沢な暮らしをしていると、どうしたって嫉妬して、それ以上を求める。
ボクの父親は、まさしくそんな人間だった。
そんな人間に集まってくる人たちも、似たようなものだった。
ああそう、そんな中、君はボクに予想外の言葉をかけた。
最初、ボクは君に気づけなかった。
ありがとう……?
相手の唇の動きだけが、ボクが他者と会話するための手がかり。
ボクの世界に、音はない。
かつてはあったけれど、消えてしまった。
まあ、音を粗密波とだけ定義するならちょっと違ってくるんだけど。
いわゆる一般的な意味でいうところの『音』がボクの世界には存在しない。
結局、まあそんなこんなで彼女との旅を続けることになった。
そうそう、一度注意もされたっけ。あれは、そう、宿帖の記帳のとき。
今回の場合は唇の動きが読みにくくて、おまけにボクもこんな風に逸脱した思考をおこなっていたせいで反応速度がおそくなってしまったから、まあ無理もない。
なんだか不意にバカらしくなって、ためしに
『じつはボクは耳が聞こえないんです』
と告白してみた。
今にして思えば、笑っちゃうような話。
ああでも、そのことがきっかけだった。
ボクらの目指す場所を決める。
そして、いまボクたちはたぶんそんな場所を目指している。
けれど、ボクは知っている。
人間の愚かさ、それだけは、もうどうしようもないくらい、救いようもないほど
無限なもの
なのだと。
ああ、でも、
そうだ、今のボクはロウで、
そんなボクでも構わないようにあつかってくれる人が、そばにいるんだった。