――それからわたしは『メクラ』になった。

 だから、わたしがこの目で最後に見たものも、
 そして……こうなってから初めて『みえた』ものも、同じ。
 天空に輝く、われらが神。
 われらを見守り、そして罰する、すべての父。
 人は、それを『太陽』と呼ぶ。
 わたしはかつて、スーラにいたとき『門番』の仕事をしていた。
 文字通りの、門番だ。ただし、仕事の内容はただの門番よりもっときつい。つまり。
 城壁で囲まれた都市の、守護。たしかに壁でいくら覆おうと、風や砂は防げない。けれど、『蟲』はある程度防げる。
 だから門番は、そんな街に入ってこようとする蟲を狩るのがその仕事。
 相手はあんな魔物たちだから、だからそれは、命を張った仕事だ。でもその分、稼ぎはいい。いなくてはならない仕事だから。わたしは幸い魔法も剣もある程度使えたから、余計に有利だった。
 『門番』として名をはせたものは、宮中守護へ出世することだってできる。
 ……わたしの場合は、ある事情で、どんなにがんばってもその望みはたたれたけれど。それはまた、別の話だ。
 わたしはその日も、いつものように、『仕事』をしていた。
 いや、『いつも』というには語弊があるかもしれない。
 蟲や魔物というのは……この世の摂理の外にあるものと聞いたことがある。なんとなく、それはわかる。
 一言で言えば、その力が強大すぎるのだ。獣とてたしかに大きな力をもっていよう。人より早く走れる脚や、肉を切り裂く牙や。しかし、そういったこととはまた違うのだ。
 家一軒と同じくらいの大きさの、蠍や蛛が、人を襲う。つまりは、そういうこと。
 そんな、生き物が――
 大群で、襲ってくるとはどう言うことだろう。
 きっと、見たものにしかわからない。たとえ、スーラの民であったって。

「まだ息がある」
 たしか彼はそう叫んでいた。
 それが誰だったかということについてはあまり触れたくない。
 しいて言うならば、わたしと同じ、スーラの『門番』の任にあったもの。
 そして――かつてのわたしを、好いていてくれた人。そうとだけ言っておこう。
 今でも、あのときのことは思い出したくない。
 怒号。悲鳴。閃光。爆音。
 腕利きの門番たちが集ってさえ、あの襲来で、街の一部は廃墟と化した。
 何とかしようと、『術』を放とうとして――
 そこから先は、よく覚えていない。
 おそらくは蟲の肢にはね飛ばされたと思うのだが、当事者たる自分にはその様相はよく見えないもの。
 ただ、それはたしか昼の出来事で。
 そのときわたしは、天空に輝く太陽を見た。……わたしたちを罰する、父たる存在を。

 一瞬だけ飛んだ意識は、すぐに元に戻った。
 けれどそのときすでに、体は言うことを聞かなかったし――
 そうだ、ちょうどあのときからだ。わたしが光を失ったのは。そのときは全く見えなかったわけではなかったけれど、なんだが視界がかけてぼんやりしていた気がする。
 と、言ったところでやはりその後のことは覚えていない。いくつかの会話も聞き取れたけれど、具体的にどんなことを言っていたかも忘れてしまった。
 なんとなく、彼の背のぬくもりだけを覚えていて――ふたたびわたしの意識は深淵へ沈んだ。
 彼に救われて、わたしは生き延びた。懸命な介抱ののち、わたしは眼を覚まして――
 そして……彼は息を引き取った。
 蟲の毒にやられていたのだ。
 ほかのもの達は、わたしを、いやわたしたちを見捨てて逃げようとしていたというのに。
 わたしは、それをべつにとがめるつもりはない。むしろ、逆の立場だったらそうしていたようにも思う。
 生き延びるためにはそれが自然だから。
 そうだ、今宵は彼のために、追悼の言葉をささげよう、しばらくぶりに神をたたえる言葉さえも唱えよう。
 わたしは、自分の光と引き換えに、この命をつないだようなもの。
 光を失ってまで、それが手にいれたかったものかどうかわからない。
 それでもなんだか純粋に、何かに感謝したい気持ちになった。
 すこし……酔っているのかもしれない。そう言えば飲んだのは久方ぶりだ。
 肌に触れるのは涼しい夜風。
 遠くから聞こえてくるのは賑々しい喧騒。
 胸の前を重ね合わせた手が、震えてたことにいまさら気づく。
 恐ろしいまでの、あの蟲たちの
 大群の中
 わたしが見たのは人の愚かさとやさしさ。

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