016.大群の中
――それからわたしは『メクラ』になった。
だから、わたしがこの目で最後に見たものも、
そして……こうなってから初めて『みえた』ものも、同じ。
天空に輝く、われらが神。
われらを見守り、そして罰する、すべての父。
人は、それを『太陽』と呼ぶ。
わたしはかつて、スーラにいたとき『門番』の仕事をしていた。
文字通りの、門番だ。ただし、仕事の内容はただの門番よりもっときつい。つまり。
城壁で囲まれた都市の、守護。たしかに壁でいくら覆おうと、風や砂は防げない。けれど、『蟲』はある程度防げる。
だから門番は、そんな街に入ってこようとする蟲を狩るのがその仕事。
相手はあんな魔物たちだから、だからそれは、命を張った仕事だ。でもその分、稼ぎはいい。いなくてはならない仕事だから。わたしは幸い魔法も剣もある程度使えたから、余計に有利だった。
『門番』として名をはせたものは、宮中守護へ出世することだってできる。
……わたしの場合は、ある事情で、どんなにがんばってもその望みはたたれたけれど。それはまた、別の話だ。
わたしはその日も、いつものように、『仕事』をしていた。
いや、『いつも』というには語弊があるかもしれない。
蟲や魔物というのは……この世の摂理の外にあるものと聞いたことがある。なんとなく、それはわかる。
一言で言えば、その力が強大すぎるのだ。獣とてたしかに大きな力をもっていよう。人より早く走れる脚や、肉を切り裂く牙や。しかし、そういったこととはまた違うのだ。
家一軒と同じくらいの大きさの、蠍や蛛が、人を襲う。つまりは、そういうこと。
そんな、生き物が――
大群で、襲ってくるとはどう言うことだろう。
きっと、見たものにしかわからない。たとえ、スーラの民であったって。
「まだ息がある」
たしか彼はそう叫んでいた。
それが誰だったかということについてはあまり触れたくない。
しいて言うならば、わたしと同じ、スーラの『門番』の任にあったもの。
そして――かつてのわたしを、好いていてくれた人。そうとだけ言っておこう。
今でも、あのときのことは思い出したくない。
怒号。悲鳴。閃光。爆音。
腕利きの門番たちが集ってさえ、あの襲来で、街の一部は廃墟と化した。
何とかしようと、『術』を放とうとして――
そこから先は、よく覚えていない。
おそらくは蟲の肢にはね飛ばされたと思うのだが、当事者たる自分にはその様相はよく見えないもの。
ただ、それはたしか昼の出来事で。
そのときわたしは、天空に輝く太陽を見た。……わたしたちを罰する、父たる存在を。
一瞬だけ飛んだ意識は、すぐに元に戻った。
けれどそのときすでに、体は言うことを聞かなかったし――
そうだ、ちょうどあのときからだ。わたしが光を失ったのは。そのときは全く見えなかったわけではなかったけれど、なんだが視界がかけてぼんやりしていた気がする。
と、言ったところでやはりその後のことは覚えていない。いくつかの会話も聞き取れたけれど、具体的にどんなことを言っていたかも忘れてしまった。
なんとなく、彼の背のぬくもりだけを覚えていて――ふたたびわたしの意識は深淵へ沈んだ。
彼に救われて、わたしは生き延びた。懸命な介抱ののち、わたしは眼を覚まして――
そして……彼は息を引き取った。
蟲の毒にやられていたのだ。
ほかのもの達は、わたしを、いやわたしたちを見捨てて逃げようとしていたというのに。
わたしは、それをべつにとがめるつもりはない。むしろ、逆の立場だったらそうしていたようにも思う。
生き延びるためにはそれが自然だから。
そうだ、今宵は彼のために、追悼の言葉をささげよう、しばらくぶりに神をたたえる言葉さえも唱えよう。
わたしは、自分の光と引き換えに、この命をつないだようなもの。
光を失ってまで、それが手にいれたかったものかどうかわからない。
それでもなんだか純粋に、何かに感謝したい気持ちになった。
すこし……酔っているのかもしれない。そう言えば飲んだのは久方ぶりだ。
肌に触れるのは涼しい夜風。
遠くから聞こえてくるのは賑々しい喧騒。
胸の前を重ね合わせた手が、震えてたことにいまさら気づく。
恐ろしいまでの、あの蟲たちの
大群の中
わたしが見たのは人の愚かさとやさしさ。