――気をつけろ。

「ダイナマイトだね……」
 ほんとうに、彼女の前では注意が必要だ。
 何がきっかけで爆発するかわからない。
 だから不意に、そんなことを思いついて、ついつい言ってしまった。
「ダイナマイト?」
 彼女に聞き返される。
 イントネーションはこうでよかったっけ。まあ、どうせ自分で聞こえてないから、当てにはならない。
「知らない? 爆薬の一種なんだけど」
「知らない」
 突っぱねられる。なんだ、自分自身はボクに対して魔法や何かの話をしたときはそんなことも知らないのか、って態度をとるのに。
 言いたかったけど、余計状況が悪化するのは目に見えているので、やめた。
「建築の場とかでよく使われる。ニトログリセリンというのは爆薬としては優秀なんだけど、優秀なぶん不安定で危険なんだ、持ち運びがきかない。しかし、これに珪藻土を利用すると途端におとなしくなるんだ。それがダイナマイト」
 あ、すこし説明が長くなってしまった。もうすこし、詳しく細かく解説するべきだっただろうか。
「爆発をよりコントロールできる爆薬というわけか?」
 あまり、興味のなさそうな発言。ボク自身は、これは蒸気機関に匹敵する発明だと思うんだけど。
「あ、うん」
 うっかり、無言でうなずいてしまいそうになって、あわてて発言する。
 そう、この動作は彼女には見えない。
「何に使うものだ?」
 やっぱり、興味のなさそうな態度。実際どんな口調で話されているかは……知りようもない。
「何に、ってまあ、やっぱり建築でものを壊すとか……ああ、鉱山とかでも使うのかな」
 とりあえず知っていることを言っただけだけれど、彼女はふと笑った。
 ああ、小ばかにされてる。そんな気がする。
 実際、おまえは馬鹿か、と口火をきって、続けた。
「火薬だの爆弾だのは兵器に使われるものと相場が決まっている」
 思わず、ため息のような苦笑いがでた。ああ、そうだ。
 たしかに、それは実際そういう使い方をするものだ。
 それから、彼女はすこし、呆れたように、笑った。
「おまえはスーラをどう思っている? 砂漠に住まう狂信徒か?」
「いや、そんなことは……」
 偏見は、まあ当初から全くもってなかったとは言えない。
 むしろ、彼女にあって解消されたといっていい。
 スーラに対しても……めくらの人々に対しても。
「おまえはけっこうな勘違いをしているぞ」
「そうなのかな?」
 まだ、ボクはいろんなことを知らないし、いろんなことを理解しきれていない。
 それに関してだけは、たしかに自覚はなきにしもあらずだけれど。
「おまえが思っている以上に、スーラはしたたかな商人だ」
 笑みをさらに強めて、彼女は言う。
「きっとその爆薬もどこかで仕入れてどこかにうっている。人の死さえ売り買いの対象だ」
 一呼吸おいて、ふ、と彼女が笑う。こんどは……すこし、さびしげに。
 そう、だからそう言うところをさして、ついそう思ってしまったんだ。
「それで、なぜダイナマイトなのだ?」
 ボクが思ったその瞬間、何かがきりかわったみたいに彼女はたずねた。
 ほら、こんなところも。
「君が」
 you。それしか伝えない、かなり少ない音節数の言葉。
 それだけを言った。ボクは彼女自身をそれに例えたというわけだ。
「……わたしはべつに爆弾に例えられるほど悩殺的な体つきをしているつもりはないが」
 時折、突拍子もない回答がかえってくる。いや、しばしばかもしれない。
 ただし、まあ、言われてみれば彼女の体つきはけっこうスレンダーで、なんて言うか、きれいだ。……爆発的とはちょっと違うけど。
 思わず笑ってしまって、しばらく会話が途切れた。ジョークだったのか、天然だったのか。
 ボクが何か言おうと思ったけれど、何か意味深に、彼女はつぶやいた。『ききとり』づらい。
「わたしが、か」
 彼女自身、自分のその特性は理解しているのだろう。
 何せ生まれてきてから十数年来つきあってきた人格だ。
 すこし笑って、彼女は僕に言った。こんどは顔を上げて、はっきりとした表情とたぶんはっきりとしたで。
「ならばむしろよいではないか? それは『安全な爆弾』なのだろう?」
 思わず笑ってしまう。
 ああ、たしかにそうだ。
「ずいぶん皮肉なことを言ってしまった」
 思わずつぶやいて、そして、ふと思い出す。
「どうしたのだ」
 軽く笑ってしまって、会話が途切れたから彼女が不審に思って問う。
「いや、ふとニトロの別な使いかたを思い出したんだ」
「別な使いかた?」
 僕の言った言葉がそのまんま、返ってくる。
 視界の端に、虫が飛んでる。きっとあのへんは羽音もうるさい。
 ま、虫の羽音で食事が邪魔されないのはいいことだ。
「血管を拡張させる作用がある。だから狭心症の治療にも用いられるんだけど……」
 えっと、どういう機序だったっけ。確かNの動態が関係してたんだけど。今ここでかけば思い出せそうなんだけど、化学式を忘れてしまった。
 どうせ、それは自己満足に過ぎないから彼女にその機序を詳しく教えることは避けた。
「ダイナマイトを発明した人はたしか狭心症を患っていたはずじゃなかったかな」
「皮肉だな」
 彼女も言った。
「だろう?」
 けれど、彼女はそれにさらに続けた。
「――神、運命、あるいは世界という名の存在は」
 ほんとうに、彼女との会話には注意が必要だ。
 何かのふとした弾みによって、自分でさえ気づかないこんなきっかけで、まるで、
 ダイナマイトでいっぱい
 そんな感じの世界が構築されてしまうから。

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