――たぶん、それを探している。

「よかった」
 窓の外に広がる光景をみて、思わずボクはつぶやいた。
「何が」
 彼女はその方角を、すこし顔をしかめて問う。まぶしすぎる光が、嫌いなのだ。
「天気がいい」
「ああ、今日は晴れたな。風が変わったからもしや荒れるかもと思ったが」
 晴れた天気は心が躍る。彼女はそうでもないんだけど。
 まあ、彼女はスーラの、それも砂漠地帯の出身だから、仕方ないかもしれない。
 砂漠では、太陽は人に恵みを与えるものでなく、人を罰するための強すぎる光。
 でも、そのことをいったら、ほんとうに恐ろしいのは建物で遮ることのできる昼の光でなく、あらゆる隙間から進入する夜の寒さなのだと言われた。
「……思ったんだけど」
 不意に、切り出す。そう、ほんとうに、ふと、漠然と、そんな考えが思い浮かんだ。ただ、それだけ。
「なんだ」
「この旅で、何を探しているか、って聞いたろう?」
 正確には違う形の質問だったはずだが、最後に問いたかったのはそのことだったんだと思う。
「あぁ、ゆうべの……」
 彼女は、見つけたんだろうか。それとも、もしかしたら、すでに答えをもっていて問うたのだろうか。
「何を、と問われて答えるのは難しい。漠然とした回答がいくつも思い浮かんだ中で、ふっとインスピレーションに引っかかるものがあった」
 これは――もしかしたらボクにしては珍しいパターンの行動なんだろうか。どちらが本質かと問われても、答えるすべはないんだけど。
「その答えとは?」
「ユートピア」
 間、髪をいれず。彼女の問いに即答する。
 一拍、二拍。すこし間が空いて、彼女が口を開く。
「理想郷、ということか?」
 お手本どおりの答えが、かえってくる。
「そう」
 肯定だけを、示す回答をフランクリーな発音でいった。つもりだ。どうせボクにはボクの声は正確に聞こえない。
「おもしろい」
 けれど、彼女の答えは、ため息をつく動作に、似ていた。
「……探したいのは、もしかしたらその場所でなく、その作り方、かもね」
 もらすように、ボクはつぶやく。
 ただそれでも、ボクらは求めているのかもしれない。
 ボクらが拒まれず、卑下されず、哀れまれず、指差されず、疎まれず、歓迎されず、同情されず、救われない。
 つまりは、ボクらが『フツウ』でいられるような世界を。
 Utopiaと呼ばれる、そんな場所を。
「特殊な才能なんて、わたしたちはもってない」
 彼女がきっぱりと言い放って、思わずボクは肩をすくめた。
 これは、べつに特殊な才能なんかじゃない。しいて言うならば、執着しただけだ。
 何に、と問われるとそれも難しいんだけど。
 その答えをも求めるとすればたぶん――つまりは、生きることに。
 ただ命が継がれてるだけでない、誰かに生かされるのでもなく、自らの意思で、自らの色に染め上げた生を、生きることに。
 だから手にいれた。訓練に訓練を重ねて、音を立体的にききとる能力を、あるいは唇の動きをみるだけで相手と会話する能力を。
 不意に、泣きたくさえなった。
 欠けている何か。
 あるいは、余分にもってしまった何か。
 たぶん、それは、べつに僕らだけにあるのではなく。
「皆がもっている。あるいは――失っている」
 すべてのものが、等しく。何かはもっていないし、何かはもっている。
 結局のところ、そういうこと。
 やっぱり……泣きそうになった。あるいは、泣いたかもしれない。
 彼女は、気づかなかった。あるいは、気づかない振りをした。
「例えば人よりすこし頭がよかったり、人より魔法や剣の腕に秀でていたり」
 かつてのボクのように、彼女のように。賞賛を浴びるにあたうるモノをもっていたり。
「でなければ、耳が聞こえなかったり眼が見えなかったり?」
 ふつうの人に、ふつうに備わっているはずの能力を何かのきっかけで失ったり、初めからもっていなかったり。
『――それでも、それを補いうるだけの能力を努力によって身に付けたり』
 そう、訓練に訓練を重ねて、音を立体的にききとる能力を、あるいは唇の動きをみるだけで相手と会話する能力を得たり。人生とは、そんなもの。
 二人が言い終わったあとで思わず笑ったのは、二人の言葉が、きれいにかぶったからだ。
 ……と、思う。ボクからみれば、唇の動きが一致していた。
 なるほど、以心伝心って奴だ。こんな奇跡も……存在しうる。
 やっぱり、なのに妙に泣けてくる。
 そう、確かにそれでも、ボクらがもっているのはたぶんきっと、『フツウ』なんかじゃない、
 『特殊な才能』
 なのだろうから。

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